運転代行の専門共済
「真に組合員事業者のための共済」 の初志を貫徹
JD共済は、2002年8月に警察庁・国土交通省から運転代行の損害補償を引き受ける共済団体として"第1号の認可"を受けた共済です。全国の代行事業者様にご加入いただいています

共済とは、職業や地域など共通点を持つものが資金を出し合い、万が一事故が発生した場合、出し合った資金で補償を行う事業のことです。
JD共済の「J」は「ジャパン」、「D」は「代行」のイニシャルで、文字通り全国の運転代行事業者のための相互扶助を目的とした共済です。
JD共済の「J」は「ジャパン」、「D」は「代行」のイニシャルで、文字通り全国の運転代行事業者のための相互扶助を目的とした共済です。
万が一の事故に備えて当共済では、事故受付コールセンターは24時間・365日体制で対応しております。また、全国約60ヶ所の事故鑑定・調査事務所と連携しており、さらに難解な案件には顧問弁護士が対応させていただくなど、万全で安心の事故対応を行っています。
「親切」「丁寧」「適正」「迅速」な対応を日々心がけております。
安心して、お任せください。
安心して、お任せください。
富山は運転代行発祥の地
運転代行の発祥地はどこか、諸説がいろいろあるようですが、富山が発祥地という説が一番有力とされています。
黒部ダム建設と運転代行

黒部第4ダム
1950年代、日本は戦後の復興を果たしたものの、深刻なエネルギー不足に悩まされていました。このエネルギー不足解消のため、関西電力は新たな電力エネルギー確保を目指し、黒部ダム建設(黒部第4ダム)という困難な事業に挑みました。
建設工事は早期完成を目指して、昼夜を通して行われたといわれています。工事従事者は、奥深い山の中で様々な苦労がありましたが、ひと時の楽しみもありました。月1~2回の休みの日に黒部から富山市内に出て、飲食店でお酒を楽しむのも、その一つだったようです。
富山市内の飲食店へ作業車を使って来たとしても、帰りの手段が飲酒運転しかありませんでした。飲食店ではこの事情を察して、なじみ客の帰路の安全確保のために考え出した方法が、飲食店の従業員がお客様の車を運転して目的地まで運び、その従業員は後ろからついてきた飲食店の車で帰ってくるというものです。こうして、昭和30年代に富山の地で、運転代行の原型が出来上がりました。建設工事は早期完成を目指して、昼夜を通して行われたといわれています。工事従事者は、奥深い山の中で様々な苦労がありましたが、ひと時の楽しみもありました。月1~2回の休みの日に黒部から富山市内に出て、飲食店でお酒を楽しむのも、その一つだったようです。
JD共済は 運転代行発祥の地 富山に事務局を置いています。
JD共済のことが富山シティエフエムの番組で紹介されました
毎週金曜日に、富山シティエフエムで放送されている富山商工会議所のラジオ番組「ふれあい情報交差点」で、JD共済のことが紹介されました。
公益社団法人全国運転代行協会の会長でもあり、全国各地で業界健全化に向けた啓発活動や講演活動を行っている丹澤理事長が、インタビューに応えて代行業界の歴史について話し、「運転代行業に携わっている方々が、その事業を自分の子の代、孫の代まで、『業』として引き継いでいけるような業界にしていきたい」との想いなどを語りました。
また、「運転代行利用者の大切な命と車を預かる代行事業者の専門共済として、これからも代行利用者をしっかりと守り、全国の代行事業者が利用者に対して安全と安心を提供できるようにしていきたい。そのために、運転代行発祥の地であるここ富山から、職員全員が一丸となって誠心誠意サポートしていきます」と、JD共済の使命を熱く語りました。